定点観測の梅は新緑真っ盛り

散歩コースにある梅の木で毎年巡り巡るシーズンサイクルを日常的に観察するようになって、今年で3年目。定点観測シリーズ、前回記事は梅の花が満開のときだったが、あれから花が散り、いまは新緑真っ盛り。 まず花が終わった先月、4月22日。花びらが散った後、しばらく赤いがくだけが残る。この状態もなかなか美しいことに去年気づいた。右後ろの桜はまだ満開。 10連休中の5月3日。新しい季節の始まりを感じさせる緑の葉が芽吹いてきた。 そして今週初め、5月13日にはもう新緑いっぱいの梅の木になっていた。木の近くにある小学校の校庭では赤白帽子がきちんと並び、拡声器で飛ばされる先生の声に従って行進の練習をしていた。当地ではこれからが運動会の季節である。 定点観測シリーズをお読みになる際の推奨BGMはこちら(書いてる本人の脳内で流れている) Season Cycle (Remastered 2001)

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なぜ泣いてるのかって?すべてが美しすぎるからさ、ハッ!

中高生の頃はビートルズを入り口として、60年代のロックに熱中していた。80年代後半、リアルタイムのロックにはほとんど目もくれなかった。ロックという音楽は70年代で死んだものと思っていた。いかにもロックな恰好をしてロックな曲を演奏する、俺たちロッカーだぜ、という連中はいても、そんなものに全然ロックを感じなかった。逆にそれは単なる保守で、まったくロックではなかったのだ。どうして誰もそこに気づかないんだろう、と思った。だから、現在が何年であろうと関係なく、自分が一番格好いいと思う時代、60年代の音楽にのめりこんでいた。 そんな時代が煮詰まったころにニルヴァーナが目の前に現れて、自分の世界はガラリと変わった。保守的なロックに対するアンチテーゼ。「保守的なロック」自体が逆説的なのに、さらにその逆説。「俺たちは偶像化を拒否する」(だったかな)という発言に深く共感した。ロックもパンクも自分のものではなくて、上の年代のもの。92年2月、来日公演のステージで縞々パジャマ姿のカート・コバーンがギターをかきむしるのを見て、自分の年代の「代表」がとうとう現れたと思った。今これを選んで目撃できた自分は絶対に間違ってなかった、と帰り道に自己肯定感に満たされたのをよく覚えている。 しかし、その偶像化を拒否したはずのカート・コバーン本人が衝撃的な自死を遂げて、ものの見事にロックアイコン、偶像に祭り上げられてしまった。世間の願望としては、あくまでもロックンロールの自殺者、殉教者が求められていた。カートは、そのポジション…

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貧乏草という草はない:ハルジオン/ヒメジョオン

タイトルで記事の内容を言い尽くしてしまった感じだが、そういうことである。ハルジオンとヒメジョオンはよく似ていて、ぱっと見では区別がつかない。あまりにもありふれた道ばたの植物で、「貧乏草」と呼ばれたり、侵略的外来種に指定されたりしているが、自分は結構好きな花である。白やピンク一色ではなく、ひとつひとつの花が微妙に違った色合いで、可愛いと思う。 ハルジオン/ヒメジョオンの区別をつけたいと去年から興味を持っていたけど、分からずじまいで去年は終わってしまった。今年こそは、ともう少ししっかり調べてみた。 ハルジオン - wikipediaより 花びらの幅:ハルジオンの方が細く(1mm)ヒメジョオンは広い(1.5mm) 姿:ヒメジョオンの方が背が高く、ハルジオンの花のつぼみは下に垂れる 花期:ハルジオンは4~6月、ヒメジョオンは6~10月 茎:中空なのがハルジオン、中身が詰まっているのがヒメジョオン 一応こういう知識を得てからも、道ばたで実際に見てみると、それがどちらなのか自信を持って区別できない。葉の付き方にも微妙な違いがあるようなのだが、自分のような植物観察の素人にはなかなか見分けがつかない。一番よく分かる見分け方は、茎が中空か、中身が詰まっているか、だそうなので、今朝の散歩中に道ばたに咲いているものを一本、折らせてもらった。 中空である。 というわけで、これはハルジオンだとはっきり分かった。初めて見分けがつけられた。まあ、今年この花を見かけるようになって…

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