愛には愛が、憎しみには憎しみが返ってくる

当ブログも一周年を迎えて、去年の今ごろに自分が何を考えていたのか記事で確認できるようになった。去年の今日あたりに書いていたのは「貧しいガキに何ができる?」だった。あれは「夢は世界平和」という言葉を当ブログに載せたいがために書いた文章だった。どんな時代になろうが、誰が何と言おうが、夢は世界平和である。 自分が吐いた言葉は自分に返ってくる。「夢は世界平和」と書けば、「世界平和なんて無理に決まってるだろうが、バカじゃねえの」と書くよりも、少なくとも自分にとっては心の平和に一歩近付ける気がする。憎しみに満ちた言葉を吐けば、その憎しみは必ず自分に返ってきてぐっさりと刺さる。Twitterをやっていた頃、あまり考えなしについ出してしまった攻撃的な言葉が自分に刺さって、ダメージを受けてしまうことがよくあった。だから当ブログではなるべく慎重に考えて言葉を書くようにしている。当ブログの方針にしている「読んでくれるひとを不快にすることは書かない」は、実は読者のためというより自分のためなのである。他者である読み手の受け取り方はさまざまなので、絶対に誰もが不快にならない文章を書くのはほとんど不可能だとわかっている。前提は、自分自身が不快にならないことである。 当ブログではなるべく自分が愛することについて書きたい。大好きな音楽、愛情をかけて育てている植物、尊敬する人物、良いなと思ったあらゆること。嫌いなもの、不愉快だったことに対する憎しみや当てこすりの言葉を書きたくなるときもある。たまに実際に書いてしまう。でも…

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「Oh! Darling」のベースを弾いているのは誰?

アビー・ロード50周年記念盤は聴くたびに、ああっ、こういうことだったのか!という発見があって、自分がこのアルバムについていかに知らなかったか、あるいは関心が薄かったかを思い知る。この記事で書きたいのは、ジョージがベーシストとして果たした役割である。前にも書いたように、ジョン不在で制作が進められた時期があって、3人でレコーディングした「Maxwell's Silver Hammer」と「Golden Slumbers」ではポールがピアノを弾き歌い、ジョージがベースを弾いている。「Maxwell」でのベースはかなり巧みな演奏で、フレーズの端々にユーモアを利かせる余裕もある。これまで、ベーシストとしてのジョージをあまり認識していなくて、全ジ連ギター弾きとしては不覚であった。ジョージのベースをよく聴くと、ポールのスタイルと似ているけどやはり少し違うことをやっていて、面白いのである。 Maxwell's Silver Hammer (Take 12) このTake 12の終わりでも、3人の親しげなやり取りが聞ける。ポールが「今のはなかなか良かったな」と演奏を振り返ると、ジョージが「ダメなところもあったけどね」と混ぜっ返す。ポールが笑うと、リンゴの声で「George Harrison is resting his arm」というセリフが聞こえる。「ジョージ・ハリスン様が腕を休めておられる」という感じか。たぶん、リラックスしたジョージの様子が王様っぽく見えたのだろう。続いてポ…

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またしても千葉が

昨日の大雨で命を奪われてしまった方々のご冥福をお祈りします。 何度か書いたけど、小学校3年生から6年生の途中まで千葉県内に住んでいた。近年は出張でたびたび成田空港に行く。帰国するたびにまず上空から銚子の犬吠埼の地形を眺め、成田周辺の細かく整然と区切られた田畑を見て、日本に帰ってきたなあと思う。 空港を出て、住んでいた土地の近辺を電車で通れば、当時とほとんど変わらない沿線の風景に懐かしさを感じて写真を撮ったりする。 上は今年の9月8日、台風15号に襲われる前日夕方の風景。翌日からの千葉の惨状を思うと何ともいえない気持ちになる。当地で暮らしていた小学生時代の自分は相当な鉄道ファンで、よく朝5時台に起きて自宅を出て、崖を降りて田んぼの中にある踏切まで行き、特急電車(当時はエル特急といった)の通過を待っていた。この写真は、車中の人となってその踏切の近辺を通ったときに撮った。踏切に行っていたのは平日の登校前のことだったが、早起きにまったく苦を感じなかった。のちに東京に移って都会暮らしになってから、登校や買い物といった日常生活で電車に頻繁に乗るようになり、鉄道はどんよりとした灰色の日常風景の一部になった。その時期を境に鉄道自体への興味も冷めてしまったのだが、千葉にいた頃、早朝の踏切で特急電車に抱いていた憧れの気持ちはよく覚えている。ローカルな鉄道は今でも好き。 千葉に住んでいた期間は短かったけど、成長期だったので自分の大切な一部になっている。毎年夏に泊まらせてもらう…

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