ジョージの命日と「Behind That Locked Door」の、個人的な思い出

ジョージが亡くなったのは18年前の11月29日、日本時間では30日早朝。訃報がこちらに伝わったのは30日午後、自分の部屋で仕事中のときだった。闘病中だということは知っていたが、まだ50代のジョージ、治療を受けながら健康的な生活をして、踏ん張ってくれるものと根拠もなく信じていた。そんなに早く本当に亡くなってしまうとは予期しておらず、受け入れられない気持ちのまま、ジョージの曲を集めたプレイリストを作ってシャッフルで流した。ビートルズのジョージ曲、ソロ、ウィルベリーズ。特にジョージファンの友人もいないし、当時はオンラインでジョージ話ができる人もなく、部屋でひとり黙って呆然と過ごしていた。もともと自分は感情の動きがストレートでなく、泣くこともめったにない人間である。大切なジョージの予期せぬ訃報を受けて、どうしたらいいかわからなかった。もちろん仕事も手につかず、何もできない。 Behind That Locked Door シャッフルで流していたジョージプレイリストから「Behind That Locked Door」が選ばれ、「どうしてまだ泣いているの?苦しみはもう終わったんだよ」という言葉を歌うジョージの声が聞こえてきたとき、自分はようやく泣くことができた。この歌い出しが、いまこの世を去っていくジョージからの声に聞こえたのだ。なんて優しい歌なんだろう。この曲に込められたジョージの優しさがそのときはじめて本当に伝わった気がして、素直に悲しみの感情が解放されたのである。それからは夜まで本気で泣い…

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定点観測の梅、Blues Run the Game

東京では今が紅葉の盛りのようだがこちらは終わり。先週末は近所のお寺で最後の紅葉を楽しむことができた。散歩コースに近く、何回か本堂にお参りしたけど裏の庭園まで行ったことがなかった。びっくりするほど美しかった。 定点観測の梅はすでにほとんど落葉、冬の姿。今年は紅葉せず黄緑のまま枯れた葉が目立って、何だか寂しさが際立つ。もちろん人間が端から見た視覚上のことである。梅本人(本梅?)は来年春に向けてつぼみを付ける準備に忙しいことだろう。 向こうの里山はまだ紅葉していた 冬枯れの梅を見ていて「Blues Run the Game」という曲が脳内で流れ出した。自分はサイモン&ガーファンクルのカバーバージョンで親しんでいるが、オリジナルはJackson C. Frankというフォークシンガーの作で、ポール・サイモンのルームメイトだったという。 Blues Run the Game (2001 Remaster) 俺が行くところ、どこにでもブルースがついてきて支配されてしまう、という歌である。ブルースとの綱引きなら自分も年がら年中やっているが、冬は少し強く引かれるようになる。園芸記事も春まで書くことはもうほとんどないだろう。先週、チューリップの球根を庭に植えて、おしまい。夏の朝顔もとっくに枯れて片付けなければならないのに、まったくやる気にならず放置している。冬へと歩きだそう。いつも季節の変わり目にはだいたい同じことを言っている。

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ジョージのストリングスの曲げ方

ジョージの命日はあさって11月29日。日本時間では30日の早朝。今朝は、去年の命日に音楽サイトuDiscoverに出た追悼記事を読んで、口々に語られるジョージの慈愛あふれる人間像にあらためてしみじみしていた。 ジョージ・ハリスンの家族や友人、ロックスターらが振り返るジョージについての19のコメント この中に出てくるエリック・クラプトンのコメントに、「彼のストリングスの曲げ方も気に入ってたよ」という表現があって、ここはちょっと「?」と引っかかるところである。ギターをやっていないと意味がわからない表現だけど、この「ストリングスを曲げる」というのは、ギターの弦をフレット間で押さえながら曲げることで音を変化させる、いわゆるチョーキング奏法のことだと思う。英語ではチョーキングでなくベンディングと言われることが多いようで、おそらくクラプトンが「弦をベンドする」と言ったのを「ストリングスを曲げる」と訳したのだろう。ギターはフレット楽器なので基本的にはピアノと同じように半音刻みの音階が出るのだが、チョーキングを使うと段階のない滑らかな音の動き、ポルタメント効果が出せる。いわゆる「泣き」のブルースギターには必須のテクニック。クラプトンはもちろん、この奏法の達人である。クリームのライブビデオに入っていた、クラプトンによるギターレッスンみたいなインタビュー映像、ブルースロックギターを躍起になって練習していた頃は繰り返し見たものだった。以下の動画である。2:30あたりからビブラートをかけたチョーキング奏法をち…

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