アビー・ロードB面メドレーについて、いまさら知った事実

アビー・ロード50周年記念盤、楽しんでいる。ジャイルズ・マーティンのリミックスはまだそれほど聴き込んでいなくて、やはりオリジナルのほうがいいなあと思う曲もあるけど、コーラスの美しさが際立つ演出がされたものは気持ちよく聴ける。アウトテイク集で自分が一番、わあ、こんなだったのか、と興味を引かれたのは、B面メドレーの「Sun King~Mean Mr. Mustard」「Polythene Pam~She Came In Through The Bathroom Window」「Golden Slumbers~Carry That Weight」の3セクションがそれぞれ、基礎のレコーディング時からつなげて演奏されていたこと。もちろん、昔から穴があくほど読んでいるはずの「レコーディング・セッションズ」の本には、そうやってレコーディングされたことがはっきりと書かれているのだが、自分の頭には全然入っていなかった。どの曲もバラバラに録音して、後から滑らかにつながるように編集したのだろうと、何となくずっと思っていた。耳で聴いて、ああ、そうやって最初からメドレーで演奏していたのか!とようやく納得したのだ。

特に「Sun King」と「Mean Mr. Mustard」は曲調もテンポも全然違うし、ドラムのサウンドもがらっと変わる。「Sun King」では柔らかいマレットで叩いているような優しいくぐもった音なのに、「Mean Mr. Mustard」はビシバシ叩き付けるハードな音。しかし確かに、「Sun King」は公式リリースのバージョンでも、最後のコーラスが終わったところでドラムの演奏が少しの間だけ止まるのである。ここでリンゴがスティックを持ち替えて、次の「Mean Mr. Mustard」に移る準備をしているのだろう。何十年、何千回聴いた曲でも、こうやって未だにはじめて発見することが出てくる。自分はアビー・ロードというアルバムにさほど深い思い入れがなかった。心から好きになれなかった理由の中には、B面メドレーがまとまりを欠いたバンドによって切れ切れに録音された曲を編集でつなげ、滑らかに聴けるように流れをこしらえたスタジオマジックの産物だったという、自分の先入観があったかもしれない。自分は少人数のバンドが「せーの」で勢いをつけて一気に演奏する音楽が大好きで、制作に長い時間をかけて切り貼りを重ねて作り込まれたロックアルバムは、音が死んでる感じがして好きじゃないのだ。アビー・ロードB面メドレーのかなりの部分は、テープ編集に頼らず人力で演奏されていたという事実を耳で確認して、このアルバムをかなり見直した。



ビートルズのセッション音源を聴いていていつも楽しいのは、演奏の合間にメンバーが軽口を言い合う場面である。「Sun King」では演奏が始まる前に、ジョンが「先生、ジョージがふざけてます!」と言っているのが聞こえる。続いてジョージの笑い声も。ビートルズは「The End」で終わるこのアルバムを自分たちのスワンソングとして、最後の作品であることを十分に意識して制作したのだと、ずっと言われてきたし自分もそう思い込んでいた。でもポールやリンゴの最近の発言を見ると、どうやら違ったらしい。当時はまだまだバンドを続ける気だったけど、結局は解散する成り行きになってしまったと。いい雰囲気で仲良くレコーディングしている様子を聴くと、たしかにビートルズ、まだまだいけたのでは、と思ってしまう。

IMG_20191009_151938 (2).jpg
アンソロジー本より

ジョン不在でレコーディングされた曲もいくつかあるが、これも不仲のためというより、制作が本格化する前の休暇中に自動車事故に巻き込まれてヨーコともども入院してしまい、しばらくレコーディングに参加できなかった期間があったから。「Here Comes The Sun」や「Golden Slumbers/Carry That Weight」を作っていた時期である。ジョン不在の時期は残りの3人で和やかに作業を進めていて、ジョンがスタジオに復帰する日には恐れのような緊張感がスタジオに漂っていた、という記述も「レコーディング・セッションズ」にあった。ヨーコを同席させることにこだわったジョンは、事故の後で絶対安静を命じられていた妊娠中のヨーコのためにベッドをスタジオに用意させたという。マネージメントをめぐる口論があってレコーディングがキャンセルされた日もあったと、50周年記念盤のライナーでも明かされている。このため空いた時間にポールはスティーヴ・ミラー・バンドのレコーディングに参加したとのこと。当時のビートルズがさまざまな面で難しい状況だったことは確かだろうけど、70年代に入ってもまだまだビートルズが続けられた可能性はあって、しかし現実にはそうならず、ジョンとポールが一緒に音楽を作る機会は以後もう二度と訪れなかった。お別れはいつどんな風に来るのか誰にもわからない。ビートルズですら、終わりを自覚して意識的にピリオドを打ったのではなかったのだ。