愛には愛が、憎しみには憎しみが返ってくる

当ブログも一周年を迎えて、去年の今ごろに自分が何を考えていたのか記事で確認できるようになった。去年の今日あたりに書いていたのは「貧しいガキに何ができる?」だった。あれは「夢は世界平和」という言葉を当ブログに載せたいがために書いた文章だった。どんな時代になろうが、誰が何と言おうが、夢は世界平和である。

自分が吐いた言葉は自分に返ってくる。「夢は世界平和」と書けば、「世界平和なんて無理に決まってるだろうが、バカじゃねえの」と書くよりも、少なくとも自分にとっては心の平和に一歩近付ける気がする。憎しみに満ちた言葉を吐けば、その憎しみは必ず自分に返ってきてぐっさりと刺さる。Twitterをやっていた頃、あまり考えなしについ出してしまった攻撃的な言葉が自分に刺さって、ダメージを受けてしまうことがよくあった。だから当ブログではなるべく慎重に考えて言葉を書くようにしている。当ブログの方針にしている「読んでくれるひとを不快にすることは書かない」は、実は読者のためというより自分のためなのである。他者である読み手の受け取り方はさまざまなので、絶対に誰もが不快にならない文章を書くのはほとんど不可能だとわかっている。前提は、自分自身が不快にならないことである。

当ブログではなるべく自分が愛することについて書きたい。大好きな音楽、愛情をかけて育てている植物、尊敬する人物、良いなと思ったあらゆること。嫌いなもの、不愉快だったことに対する憎しみや当てこすりの言葉を書きたくなるときもある。たまに実際に書いてしまう。でもブログに載せる段になって思い直し、公開せず下書きで終わらせる。それでいいと思っている。結局のところ自分自身がその文章に不愉快になってしまう。載せれば自分が損をするのである。ネガティブな気持ちはいくら克明に書き出しても自分や周囲が傷つくだけで、救われない。かといって、抱えているネガティブなものをポジティブに転換して美しく「昇華」させることも、自分にはできない。ネガティブはネガティブのまま自分の中で抱え、圧力を高めて、爆発させるしかない。その爆発が生きる動力になることがあるのも、自分は経験で知っている。

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昨年10月は大好きなアンドレア・ペリーの「Leaves of October」についてもつらつらと書いた。先週末、八千穂高原にて。