リアル書店に「碑」は残された~2年経つ「世界一のクリスマスツリー」について、つらつらと

「世界一のクリスマスツリー」とは。2年前、2017年のクリスマスに、神戸で「鎮魂」の名の下に起こってしまった、とても残念な出来事だった。一本のヒノキアスナロの大木が富山県氷見の山中からはるばる神戸まで運ばれた。阪神淡路大震災で犠牲になられたたくさんの方々の「鎮魂」のため、樹齢150年という老木が神戸メリケンパークに立つ。一見これは「いい話」に見える。自分は最初、その木がそこに移植されて生き続け、末永く神戸を見守るものと思っていた。しかし甘かった。その老木はすでに運搬前に根の大部分を切られ、長くは生き延びられない状態だった。もとから移植の予定などなく、主催者が企画していたクリスマスのイベントが終わったらさっさと切り刻まれ、材木は記念品として売られるという運命が決まっていたのだ。「落ちこぼれのアスナロが世界一になる」という、そもそもアスナロでもないし何の世界一だかもよくわからないあまりにも安易なストーリーが主催者によってかぶせられて、立派な大木の生命はもてあそばれた。抗議の声が上がった理由は「木がかわいそう」だったから、ではない。氷見の地で150年生きてきた立派な老木の生命を「落ちこぼれ」などと愚弄したこと。そして何よりもいけないのは、悲惨な震災に対する「鎮魂」という言葉を空虚なイベントのキャッチフレーズに使い、被災された方々が20年以上、表沙汰にせずひっそり奥深くに抱えていた心の傷を無思慮にえぐったことだった。

自分のTwitter生活が終わりに近づいていた2017年の11月、Twitterで以前から長くお付き合いいただいていた神戸出身の方が、神戸の地に当時持ち上がりつつあったこの企画にツイートで問題提起されたことが、この問題を知ったすべてのきっかけだった。阪神淡路大震災で自宅が被災し、生命の危機に直面した自らの体験も明かされた上で、企画に対して冷静に異議を唱えられていた。想像を絶する、思い出すだけで苦痛を伴うだろう体験を公にしてまで、どうしても声を上げなければならなかった、その気持ちに自分も共鳴して、批判すべきは批判せねばならぬ、と自分のツイートでもたびたび話題にした。震災体験のない、神戸人でもない自分は、決して「当事者」ではなかった。被災者に成り代わることは絶対にできない、してはならない、ということを肝に銘じながら、主に植物を愛する者の立場で企画の不当性を訴えた、つもりだった。実際どうだったか心許ない。主催者や彼を支援した著名コピーライターのあくまでも不誠実な態度にどんどん苛立ちが募り、そのことをツイートしようとすると怒りにわなわなと震えが来るようになったとき、ちょっとこれはいかんな、と思った。結局のところ、その企画はすでに木が切られて運搬されてしまった時点で止めようもなかった。この問題の「落としどころ」はどこなのか、誰にもわからなかった。

もう「世界一のクリスマスツリー」のイベントは主催者の反省もないまま挙行されるしかないのだろう、と砂を噛むような(あえて使ってみた)無念さを感じていた12月中旬、有川ひろさんが発表された文章がTwitterで回ってきた。これを読んで、自分ははじめて心から腑に落ちる意見に出会えた、と思った。本当に恥ずかしいことだが、本をあまり読まない自分は有川ひろさんのことをそれまで知らなかった。当時はお名前が「浩」表記で、男性だと思っていた。とても格好いい、心強い味方が登場した、と嬉しかった。以下の「有川ひろと覚しき人」名義のブログに、ご本人の文責と明記された上で載せられた文章である。

神戸「世界一のクリスマスツリー」について個人的に思うこと(※追記あり)

この文章に出てくる「分際」という言葉、この一語が自分の心の底にすとんと落ちてきたのを覚えている。この問題の何がいけなかったのか、たったひとつの言葉が余すところなく言い尽くしていた。主催者の行動は明らかに「分際」を超えたものだった。あまりにも大きな悲痛に接するときに決して忘れてはならない「分際」、氷見の地で150年、立派に生きてきた植物に対する「分際」。自分もTwitterでツリーの件に触れるとき、怒りのあまりこの「分際」を超えないようにせねば、批判の舌鋒を鋭くしたいあまり、被災者に成り代わって発言するようなことは決してやってはならない、とあらためて心に刻んだ。

この記事の続編として発表された文章では、「碑」という言葉が使われていた。ツリーの件は、起きてしまった。巨木は切り倒された。ほとんど災害みたいに、もう取り返しのつかないことだった。起きてしまった悲しい出来事を後世に残し、再び起きないように戒めるための「碑」。いま自分が暮らす土地にもいくつかの災害記念碑が建っている。先月の台風でも危なかったが、過去からたびたび水害に見舞われた土地であり、その対策のために治水工事が行われた場所にある。かつてこの地で災害があったことと、同じ悲劇が二度と起こらないように努力した先人の業績を後世に伝えるものだ。震度6の強い地震も過去には起きていた。今後もいつ何があるかわからない。明日かもしれない。

ツリーの件が持ち上がってからおよそ2年経った今年の秋、その「碑」が紙の本に収録された。有川ひろさんの最新刊「倒れるときは前のめり ふたたび」に、上記の記事をはじめとする文章が、独立した章として掲載されているのである。自分も購入した。もちろんAmazonなどでポチッと買うこともできたが、地元の書店にも本当に「碑」が並んでいるのか確かめてみたかったのもあって、昼食と買い物のついでに車で大きめの書店まで行った。本はちゃんと平積みで並べられていた。うれしかった。この小さな街でも手に入るのなら、おそらく日本中の津々浦々で手に取ることができるのだろう。本には、「リアル書店」(ネット書店に対する)に対する有川さんの思い入れと、ネットや電気がなくても読むことができる紙の本の存在意義が、繰り返し書かれていた。万が一被災して避難所にいるような状況でも、紙の本なら安心していつでも読めるのである。また、ネットで本を買うにはまず目当ての本があって書名を検索しなければならないが、店員さんの手で本が並べられる本屋さんでは、思いがけない出会いがある。自分は本には疎いほうだが、音楽、レコード屋、ラジオと自分の世界に置き換えてみればよくわかる。そんな思いのこもったリアル書店に並ぶ書籍に、もう2年も経ってしまうツリーの件の碑を残してくださった。「世界一のクリスマスツリー」は悲しく、悔しく、やり切れない出来事だったけど、こんな素敵な形で碑が残ったことは有り難く、うれしい。もう二度と「鎮魂」の名の下にあんなことが起こらないように。

IMG_20191107_115712 (2).jpg
もう一冊、前編の文庫も謹んで同時購入

2年前、すでにTwitterに対して思うところが積み重なっていた自分は、翌年春にはツイートを一切やめた。自分も変わり、フォローしていた人々も変わり、何よりもTwitter自体が変わってしまって、見たくない情報が色々と入ってストレスが溜まるようになった。今では、つながりのあった人々の日常のあれこれを見ることもなくなった。現在の自分はこのブログという場所を作り、育てていくことができて幸せだし、かつて日常的につながっていた方々もそれぞれ幸せに生きていてほしいと思う。ツリーの件の問題提起をした方は、震災以外にも過去に大変な経験を何度もされていて、苦しい思いをたくさん味わいながらひとつひとつ誠実に乗り越えて生きてきたことがよくわかる方。あのように個人的な体験を明かしながら大きな問題提起をするのは、本当に勇気と労力の要ることだったと思う。震災から何年経っても、当事者の中で震災に終わりはないことを、この件に接した自分も思い知らされた。2年前に再び感情を大きく揺さぶられてしまった余波も、まだ心に残っているかもしれないけど、これからはずっと、楽しく穏やかに、幸せに暮らしてほしいと心から願っている。