ジョージの命日と「Behind That Locked Door」の、個人的な思い出

ジョージが亡くなったのは18年前の11月29日、日本時間では30日早朝。訃報がこちらに伝わったのは30日午後、自分の部屋で仕事中のときだった。闘病中だということは知っていたが、まだ50代のジョージ、治療を受けながら健康的な生活をして、踏ん張ってくれるものと根拠もなく信じていた。そんなに早く本当に亡くなってしまうとは予期しておらず、受け入れられない気持ちのまま、ジョージの曲を集めたプレイリストを作ってシャッフルで流した。ビートルズのジョージ曲、ソロ、ウィルベリーズ。特にジョージファンの友人もいないし、当時はオンラインでジョージ話ができる人もなく、部屋でひとり黙って呆然と過ごしていた。もともと自分は感情の動きがストレートでなく、泣くこともめったにない人間である。大切なジョージの予期せぬ訃報を受けて、どうしたらいいかわからなかった。もちろん仕事も手につかず、何もできない。



シャッフルで流していたジョージプレイリストから「Behind That Locked Door」が選ばれ、「どうしてまだ泣いているの?苦しみはもう終わったんだよ」という言葉を歌うジョージの声が聞こえてきたとき、自分はようやく泣くことができた。この歌い出しが、いまこの世を去っていくジョージからの声に聞こえたのだ。なんて優しい歌なんだろう。この曲に込められたジョージの優しさがそのときはじめて本当に伝わった気がして、素直に悲しみの感情が解放されたのである。それからは夜まで本気で泣いて過ごした。そんなことがあったので、「Behind That Locked Door」を聴くと必ず命日のことを思い出す。あの日からこの曲は特別なものになった。悲しいけど、決して悪い思い出ではない。ジョージの死をどう受け止めたらいいのか途方に暮れていた自分の部屋に本人が現れて、素直に悲しんでいいんだよ、と慰めてくれたのだ。「どうしてまだ泣いているの」という歌詞だが、そのときの自分にとっては「どうしてまだ泣いていないの」だった。

本物の優しさに接する機会は、なかなかない。利己的な優しさなら自分だって発揮できるし、そのへんにいくらでも転がっているだろうが、ジョージの音楽から受け取る優しさはやはり「慈愛」としか表現のしようがない、この世界でとても貴重なもの。ジョージがこの世にいなくなってから、ジョージという存在は消え去るどころか、かえって身近に感じられるようになった。その始まりが、あの日の「Behind That Locked Door」だったと思う。同じ世界で生きてはいなくても、心の一角にジョージはいつでも存在していて、時にはふとした場面でひょっこり姿を現してくれる。ジョージが生み出した音楽はいつでも再生できるし、解明できていないギターの謎もまだまだ山ほどある。たくさんのものを残してくれたジョージは、決して自分を置いてきぼりにしてどこかに消えてしまったのではない。確かに存在するのだ。毎年そんなことを考えつつ、ぐっと冷え込むようになった11月末を過ごすのが、ジョージの命日。

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どんびろーん。「Blue Jay Way」が生み出された街、LAのどこかにある友人宅でジョージは旅立っていったという。