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インド日記2006年11月:日本、それほど有名ではなかった

この日記によれば、2006年当時ムンバイで暮らす日本人はたったの200人台だった。現在は1000人以上に増えているようだが、ムンバイ都市圏全体で人口2000万人超。いずれにしても日本人は何万人に1人というかなりレアな人種であることは間違いない。だがそこは多様性のありすぎるインド、自分は異国から来たエイリアン扱いされることはなく、インド人の一種として当たり前にヒンディー語で話しかけられた。 異国にいると自分が日本人であることを否が応でも意識させられる。和食や日本の風土が懐かしくて仕方ない。日本にいるときは世間と自分の食い違いにばかり目が行き、この国には合わない人間なんだ、と思い込んでいたが、外に出てみればどっこい、行動パターンなど諸々がどうしようもなく日本人である自分に気付かされる。何だかんだ言っても自分が生まれ育った土地が結局好きなんだ、ということもよく分かった。こういう気持ちを国家への忠誠に置き換えようとする「愛国心教育」にはまったく賛成できないが。 ムンバイにいて気が付いたことは、思っていたほどここでは日本が有名ではないことだ。どこの国から来たか聞かれることも多いが、当てさせてみると、中国、韓国、ネパール……ときて日本が出てこないこともしばしば。「サヨナラ」という日本語を知っている人は多いが、これはもう40年も前の東京オリンピックの時代に日本ロケで撮られたインドでは有名な映画、「Love in Tokyo」の挿入歌に「サヨナラ」という曲があってヒットしたから(この曲もどちらかという…

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「ガリーボーイ」を観に行かない理由などない

自分が暮らしていたムンバイで制作されているヒンディー語のボリウッド映画をはじめ、インド全国さまざまな言語で盛んに作られているインド映画。かつてに比べれば日本にもやや浸透してきたかもしれないが、大都市を離れれば映画館でインド映画が上映されることはあまりないし、こちらの近場の映画館に来ることなどめったにない。先日、車で3時間以上かかる土地にある映画館で、ムンバイを舞台にしたインド映画「ガリーボーイ」が上映されるということで、当地にホテルを予約して出かけた。一本の映画を観に行くために一泊旅行である。もちろん東京にも3時間かければ行けるのだが、映画だけのためにストレスフルな東京に出て一泊なんてまっぴら御免である。映画ついでに知らない街を歩いてみることもできるのが良い。 知らない海を眺めた 「ガリーボーイ」はすばらしい作品だった。自分はヒップホップのファンでは特にないが、この映画のために作られた楽曲群はどれもシンプルで力強く、耳にしっかり残る。実際にモデルになったインドのラッパー達の全面協力を得て制作された音楽で、ボリウッド的な装飾は排されている。かといって、アメリカのヒップホップを表面的にまねたものでもなく、英語もほとんど入れずにガツンとヒンディー語でラップしている。ムンバイのスラムに生まれて、貧困と身分格差のくびきから抜け出せずに絶望を強いられている主人公は、それでも夢を持ちたい、自分の言葉でどうしても吐き出したいことがあるから詞を書き、ラップをやっている。ふだん話さない英語の入る余地な…

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インド日記2007年10月:買ったばかりのバイクが渡し船で水没の危機

ムンバイに落ち着いてしばらくした頃、バイクを買って市内や郊外を乗り回していた。人口過密の大都会。神をも信号をも恐れぬ無謀ドライバーがうようよいる上、整備不良の道路には大小の穴が無数に空いているという状況で、バイクの運転自体も経験が浅かったのに命知らずなことだったが、無傷・無事故で済んだのは神のご加護としか言いようがない。バイク購入から間もない頃、同時期に同じくバイクを手に入れた友人のM君と郊外に遊びに行き、その帰りに近道しようと「フェリー」で河口を渡るルートを選んだときの出来事を書いた日記を載せる。 ゴライのビーチからマノーリーまでの道は本当に良かった。夕暮れどき、緑の道をノンビリ走り、古い家の軒先でシャボン玉を吹いている家族を見たときには、そのあまりの美しさに胸を打たれてしまった。平和ってなんて素敵なんだろう。人人人車車車ゴミ犬猫牛でひしめくムンバイを少し離れればこんな光景が見られるとは。 ゴライにて夕涼みする人々。砂浜にもバイクや車が行き交い、観光用馬車も走る。 しみじみとした感慨を胸に、マノーリーからムンバイに帰る渡し場に着いた頃には、日はほとんど沈んで薄暗くなっていた。突堤の先に小さな船が見えたが、まさかこれにバイクを積むわけではないだろう。……と思っていたが、その船がひととおり乗客を載せて向こう岸に出航した後、同じぐらいの小ささの船が、バイクと我々を載せるべく到着した。我々の前には先客バイクが1台。これにバイク3台は無理だろう、と思ったが不安な気持ちをよそにバイク3台と…

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旅猫たちとインドで暮らしていた

8年間暮らしたインドを後にして日本に飛び立ったのが2014年10月3日、今日でちょうど5年になる。あれから一度もインドの土を踏んでいない。帰国前に、お世話になった色々な人たちに会いに行き、別れの挨拶をした。どの人と別れるときにも、また必ず帰ってきます、と言った。空港で出国手続きをするときも、8年のインド滞在を終えた自分に、イミグレーションの係官が「また帰ってきなさい」と言ってくれたのをよく覚えている。関西で生まれて物心ついたときには東京にいて、その近辺をあちこち転々として育った自分に本当の故郷はないけれど、「第2の故郷」なら色々な場所にある。5年前に離れた第2の故郷への「帰郷」はまだ果たせていないし、将来の具体的な予定もない。5年の日本生活で当時の自分と心情的にも離れてしまった。でも帰国直前に、まだここで生活を続けたかった、少なくとも10年は暮らせるぞ、と思ったこともはっきり覚えている。もうインドはたくさんだ、日本に戻りたい、と思って帰ってきたわけではないのだ。中途半端にやり残してきたこともある。いつの日か必ず帰って、続きをやりたい。 渡印前から日本で一緒に暮らしていた2匹の猫を飛行機で同行させてインド生活に引き込み、片方の猫は13年の生涯を異国で終えたが、もう片方は5年前の帰国時もピンピンしていた。すでに高齢猫だったが、帰国から4年半経った今年の4月下旬まで超高齢の老猫様として生きながらえたのである。あらためて、すごい猫だった。帰国のための検疫手続きでは色々と苦労したが、遠い海の向こうから…

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インド日記2010年8月:水が出ない暮らしは大変すぎる

2019年9月9日に千葉県に上陸した台風15号。自分はその前日に成田空港から何事もなく帰宅したが、自分との縁が浅からぬ千葉では台風襲来から4日経った今日も、電気、水、通信という生活に欠かせないインフラが復旧していない世帯がたくさんある。台風でめちゃくちゃになったインフラが一刻も早く復旧しますように。インフラだけでなく、大事なものを台風に破壊され、心折れてしまった方もいると聞いて胸が痛む。普段の生活を壊され、打ちのめされた方々が、どうか立ち直って前に進めますように。 自分がインド生活をしていた頃、大商業都市ムンバイはインドの中ではまだインフラに恵まれていた方だった。それでも、こういう事態を目にすると思い出すのはインド生活のこと。9年前の2010年8月、こんな文章を書いていた。前に載せたインド日記の続きで、解消したと思った水不足問題がさらに凶悪化して襲ってきたときのこと。 先月書いた水問題、もう二度と起こらないでほしい出来事だったが、さらにグレードアップしてまたまた発生である。 便利な日本でこれを読んでくださっている方々には分かりづらい話だと思うので、ムンバイの水道事情、実際どうなっているのかというと――日本では1日24時間、公共の水道から給水されるのが当たり前だが、こちらでは公共の水道から水が来るのは朝の2時間だけ。それ以外の時間にも水が使えるように、各家庭には貯水システムがある。我が家では風呂場の頭上に大きな貯水タンクがあり、そこに一日分の水が朝の給水時間に自動的に貯まるようになって…

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インド日記2008年7月:ムンバイで電気製品が壊れたら誰に直してもらうか

ムンバイはモンスーン(雨期)真っ最中。最初の一週間は毎日朝から晩まで雨降りという憂鬱な気候でほとほと落ち込んでしまったが、その後はむしろ空モンスーンとなり、湿度は高いが涼しい日々で、夏よりはずいぶん過ごしやすくなった。 涼しくなっても、天井に付いている扇風機(パンカー)は必需品。このパンカーがある日突然壊れた。急に回転が遅くなったと思ったら、「ぷしゅー」という音をたててパンカーは停止し、モーターの部分から潤滑油らしい液体が噴き出してきた。きつい臭いのするオイルが床にまき散らされた。これは一大事。 当時暮らしていた部屋にあったパンカー すぐさま近所の電気屋にバイクを飛ばして修理を頼んだ。翌日の朝10時に来てくれることになったが、当然のごとく約束の日時には来ない。何度か頼みなおした挙げ句、2、3日してやっと電気工のカムレーシュ氏がやって来た。我が家には4つのパンカーがあるがそのうち3つが問題を抱えており、来てもらったついでに全部見てもらう。カムレーシュ氏はパンカーを一つ一つ見ては、これはワイヤーが駄目、これはキャパシター、と次々に診断を下していく。壊れたパンカーを持ち帰り、夕方の4時にまた来る、と言って去っていった。果たして約束の4時を5分ほど回った頃にカムレーシュ氏は再び現れた。インドでこの種の約束が守られるのはめったにない出来事で、大いに驚き感心する。オイルをまき散らしていたパンカーはきっちり修理され、台所のゆっくりしか回らなかったパンカーも、飛び立ってしまいそうなほど高速回…

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